【 #音ゲーマー達の発信所 】発信と得る事/巡り合わせと一歩

どうも、 #音ゲーマー達の発信所 主催のわんど~です。

この記事では、
「コイン突っ込んで目の前の機会とにらめっこしてただけの状態から、こうなったで」
みたいな内容を書いていきたいと思います。
約5000字ほどの記事ですが、よろしければ、どうかエクストラステージ的な感じでお付き合いください。

目次

  • 自分の音ゲー経歴
  • 転機その1「ランカーだって人」「目の前の筐体は老若男女をつなげる力がある」
  • 転機その2「4つの出来事」
  • 何かを発信するということ、何かを得るということ
  • これもまた、巡り合わせ。
  • 一歩
  • 終わりに

■はじめに/簡単に自分の音ゲー経歴を

趣味や取り柄といえるものが何もなかった自分にとって、音ゲーとの出会いは太鼓の達人13とjubeat ripples APPENDでした。
太鼓の達人に関しては友人のプレイを見てその上手さに嫉妬をし、指に関しては当時の先輩の勧めで始めたのがきっかけになります。

その後、いろいろあっていろんな機種を触りつつ、
一番プレイ頻度の高い機種を太鼓の達人、その次にドラムマニアとなる今に至ります。

練度や腕前が絡むような的な話をこの記事でしたいわけではないのですが、
経験談が中心な話題ですので、私の練度が気になる方はツイプロフィールの方を参照してください。

■ランカーだって人

自分にとって音楽ゲームが「ただの自分がよくやっているゲーム」から、
「自分を形成する一要素」へとなる転機が訪れたのは、太鼓の達人14の時でした。
mixi時代から交流のあるとあるフォロワーさんに、
「次の解禁日の時、都内に遊びにおいでよ」と誘われたのがきっかけです。

お誘い通り、次の解禁日(タイコタイム(裏)とかMulberryとかが出た日でした)にはるばる都内某所へ。そこでそのフォロワーさん含め色んな人と出会いました。

自分の見たことのないゲーセンで、新曲が登場するのに合わせてこぞって集まり、
みんな同じ曲をプレイしてはわいわいする、という光景。
都内では珍しくない光景ですが、当時の自分にとってその光景はあまりにも新鮮で、
とても感動を覚えたのは今でも記憶に残っています。

ひとしきり新曲を楽しんだ後は感想やら対策やらを話し始めました。
あそこの複合が難しい!とか、あの配置は何だよwwwとか、
CSで出てたアレはこの譜面ドンピシャだったなーとか。

喜怒哀楽、色んな表情が、そこにはありました。
その光景を見て「あぁ…ランカーだって人なんだな…」と思ったのでした。

今となっては恥ずかしい話なのですが、偏見を持っていたといいますか。
あの経験がなかったら、当たり前のことに気づかないまま、偏見で埋もれてたと思います。
趣味での人とのつながり、というのを肌で初めて感じたのでした。

別のゲームのキャッチコピーですし、ちょっと意味合いも違うのですが、
SDVX IIの「キミの世界が、広がる」っていうの、本当に上手いなぁと思いましたよ。

■目の前の筐体は老若男女をつなげる力がある。

それ以降もちょくちょくその場所には遠征に行き、その度に少しずつ交流が広がりました。
驚いたのは、会う人会う人の、年齢層が広いこと広いこと。
上は5歳から、下は50歳を超える方まで。また伝聞ですが、
なんと全盲の方までこのゲームをプレイしてる話まで聞きました。

老若男女、幅広い世代の人々が話せる共通の話題。
自分が何気なくコインを突っ込んでいたこのゲームが、
まさにそれだと目のあたりにした時、とても感動を覚えました。
自分は、何かとてもすごいものを知ることができたのではないかと。
ここに来てよかったと。遠征に行ってみて、本当に良かったと。

あれから数年がたった今も、その思いは変わっていません。
もちろん、これをやっていたからこそ失ったものも多々あるのですが、
このゲームをやっていなかったら、きっと私はここまで幅広い交流を持つこと無く、
趣味のないつまらない人間として生活していたかと思います。

住んでいるところも年齢も、学年や職業も違う3人で、モンハン4オンラインをしながら
「ふざけるな!俺は金十段だぞ!(ババコンガに屁をぶっかけられて乙りながら」「んなもん定型文に仕込むなwwww」
とアホ出来る交流を保つ手段を、今のところ俺は知りません。(今では勿論、それを補佐するツールとしてTwitterはじめ色々ありますけれどね)
そして、そんな交流を持つことが出来たこのゲームには、とても感謝しています。

■4つの出来事

それからしばらくして。
現在太鼓の達人は新筐体に以降。新筐体が稼働して3年目です。
それまでにも、私の今の活動や考え方を更に広げ、
また、大きく動かした、4つの出来事がありました。

「こんな感じでこんな内容を考えているんだけど、協力してくれないだろうか」
とある店舗大会へ遠征に行っていた時あるドンだーさんからそんな相談を持ちかけられました。
後の、とあるサイト設立のきっかけの1つです。

「こんなイベントを考えているんだけど、わんど~君に協力して欲しい。
太鼓の達人の良さを、是非とも広めて欲しい」
そういった趣旨の話を、同じホームの音ゲーマーさんにされました。
それが、俺とクラブイベント、後のAizu CDJ Tarminal(ACT)との出会いです。

「コミケって、同人誌って、こういうものもあるんだよ」
ACTが発足してから数ヶ月。
ACT主催の家に通うようになり、とある本と、とあるCDに出会いました、
「何故サファリ難民は減らないのか?」「主催が良いと思ったものを、世に問う」
音ゲーで何かを考察するということ、論評・考察本というジャンルとの出会い。
同人音楽サークルというものとの出会い。
プレイしているだけだったゲームについて、何かを考えて、発信するという概念との出会い。
良い物を発信し広めるという概念との出会い。
あれは、私にとってのカルチャーショック、
別次元同士の点と点が、とても太い線で繋がれたようなものでした。
そしてそれは、これから個人サークル「~屋」設立のきっかけとなる予定です。

「アドベントカレンダーなんてものがあるんだって」
「音ゲーマーでやったら面白そうじゃね?」
「おう言い出しっぺの法則やで」「作ったで」
身内音ゲーマーとの何気ない会話、そしてその場のノリと勢い。
#音ゲーマー達の発信所 の開催動機の1つです。

4つの出来事を経て、私の考えは大きく動きました。

情報まとめサイトを運営しようとしてみたり。
DJシミュレーションゲームではなく、
本当のターンテーブル等のあるクラブハウスに足を踏み入れることになったり。
そこで自分なりの1本wavを作ってそれをイベントで流すことになったり、
それが1年も続くことになったり。

情報まとめサイトの経験やTwitterでの考察から、
何かを考えて発信するということへの興味が強くなったり。
自分なりに考えて、初心者講座動画を作ってみたり。

他の界隈での情報発信の形式を、音ゲーに持ち込んでみたり。
様々な情報発信の、形態と考え方に触れたり。
何かを企画して主催することにまつわる難しさを痛感し、同時に楽しさも感じたり。

どれも、何も考えずにがむしゃらにコインを突っ込んでいた頃には、考えられませんでした。

そして、そもそも太鼓の達人をプレイしていなければ、店舗大会へ遠征しに行くこともなく、
ACTの太鼓の達人担当として、声をかけられることもなく、
論評・考察本との出会い、何かを考えることと論評・考察が繋がることもなく。

そして、この「 #音ゲーマー達の発信所 」を開こうとも、思わなかったことでしょう。

■何かを発信するということ、何かを得るということ

何かを発信すること、自主性を伴って動くということ、
主だって動くということは、とても怖いことです。
原則自己責任ですし、それによって批難や誹謗中傷を受ける可能性も、ゼロではありません。
今も、震えながらこの文章を打ってます。

しかし最近の私は、そのリスクの分この界隈で得られたこと、
そしてそれを自分なりに咀嚼し他の人へと広めることの素晴らしさは、
とても価値のあることだと、そう考えるようになりました。

私が、
世代を超えて会話できたのは、このゲームのお陰です。
クラブイベントというものを知ることが出来たのは、このゲームのお陰です。
ゲームを、遊ぶものだけではなく考える対象にしても良いのだと教えてくれた人物や本に出会えたのも、このゲームのお陰です。
年末のひと月を、毎日毎日刺激的に過ごすことが出来たのも、このゲームのお陰です。

しかし、このゲームとは別に、もう2つほど、取り上げなければいけない対象があります。
ひとつは、感謝対象。1つは、何かを得る為に必要なもの。

■これもまた、巡り合わせ。

感謝対象の方は、「巡り合わせ」です。

「巡り合せ」とは http://bit.ly/ncCUAe より引用すると、
【自然にめぐってくる運命。まわりあわせ。】だそうです。

運命というとかなり大げさだな、とも思いはしますが、
特に先述の4つの出来事を経て以来、自分にはこの「巡り合わせ」があったからこそだな、と思うことが多々有ります。

巡り合わせや運命、という言葉を聞くと、以前の自分だと
「所詮運頼み、偶然じゃねーか!」というマイナスな印象を抱いていたように思えます。
実際、自分が音ゲーを始めるきっかけが「友人のプレーを見て、嫉妬して」「先輩に勧められて」ですし、偶然の産物だったのは否めません。
しかし、これがなかったら云々は先述した通りですので、たとえそれが偶然だったとしても、私はそれに感謝をしたいと思っています。

もっとも、得られたことへの感謝をするには、何かを得るためには、次のものが必要だとも考えています。

■一歩

何かを得る為に巡り合わせと合わせて必要なもの、それが「一歩」です。
受動的に巡り合わせがやってきても、能動的に巡り合わせを生み出せても、
その次に、何かを得る為には一歩を踏み出さなければなりません。

「アンロック祭中、巡り合わせでONE-CHANCE引いた時、
一歩を踏み出してその曲やらなきゃ解禁出来ない」し、
「パラレルユニバース発動の機会をつくりだしても、手を挙げなきゃ得点は増えない」です。

バチを握って筐体の前に立たなきゃACの太鼓の達人も、もちろん出来ません。

恐らくみなさんは、
「羞恥心よりも好奇心などが勝り、筐体の前に立ち音ゲーを始めた」
のではないでしょうか。

踏み出す一歩は大小問いませんし、きっかけもなんでもいいのです。勇気も僅かでいいのです。
ゼロよりも踏み出した程度がちょっとでも大きければそれで良いんです。

踏み出したという結果、それさえあれば、得られるものはきっとあります。
一度踏み出した以降は、踏み出して得られたものをもっと得られるようにしてゆけば良いと思っています。パネル16枚集めたり、宇宙突入のための挙手の回数を増やしたり、HOLDの時間を伸ばしたり。

■きっかけへの補足

私の場合は、太鼓の達人を見せられたことが巡り合わせでしたし、友人へ嫉妬したのがきっかけです。そこから、筐体の前に立ち、コインを突っ込んだのが一歩でした。
そうして得られた結果が、散々先述した私のこれまで、です。

きっかけも何でもいいのです。憧れでも好奇心でもいい、嫉妬でもいい。
一歩を踏み出すために後押ししてくれるものは、人それぞれだと思います。
もちろん、きっかけのその先まで負の感情になってしまうのは、考えものでは有りますけどね。

■終わりに

ここまで長々書いておいて言うのも何ですが、
ただコインを突っ込んで何も小難しいこと考えずに遊ぶだけでも十分素敵なのが、
この音楽ゲーム界隈です。

私の場合は「コイン突っ込んで遊ぶ」以外の楽しみ方にも魅力を感じ、
その楽しい方の1つが、音ゲーを題材にした論評・考察系の同人活動、発信することであり、
その発信活動の一例が、こうした文章を書くことだったり、#音ゲーマー達の発信所 を思いつくこと、それを実行することだったりした、という訳です。

無趣味だった人間が、ここまで変われたんだ!と言いたい訳ではないですが、
あの時一歩を踏み出してよかったとこれからも思えるように、
私をここまで変えてくれた色んな巡り合わせと音楽ゲーム、太鼓の達人に感謝しながら、
これからもこのこのゲームを楽しみ、それ通して得たこと、考えたことを発信していこうかと思います。

最後に、
私が太鼓の達人と、#音ゲーマー達の発信所 へ参加してくださったみなさんへと抱いている感情を、一番端的に表した楽曲を紹介して、〆とさせていただきます。

ありがとうございました!

■3Q-4U-AC00

公式楽曲紹介:http://taikoblog.namco-ch.net/blog/2012/03/post_288.html

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