発想の応用は功を奏すか?

注:記事の書きかけをあまりにも放置しすぎてて、自分でも何言いたかったのかわからなくなってしまったのを、WIPでも公開してみるかぁっていう意味でこの記事を投稿しました。

音ゲー個人論になるけれど、俺自身の今の考え方にも通じるものがあるお話。メモがてら、書いておこうと思う。
雑記と音楽ゲームの両カテゴリに属させたのは、正直どっちに分類すべきか悩んだ末。

 

太鼓の達人を皮切りに、俺は音楽ゲームの現行機種全てでプレーデータを所有する事になった。
具体的には、

  • 太鼓の達人(1)
  • BEMANIシリーズ全機種(IIDX(6)、DDR(11?)、pm(4)、GF(12?)、DM(10)、jb(2)、Rb(5)、DEA(8?)、SDVX(7?)、ダガッキ(13))
  • Project DIVA Arcade(3)、maimai(9?)、
  • GCAC(14)

以上全14機種。カッコ内はうろ覚えな始めた順番号。

「なんでそんなに色々手を出したの」と言われれば「面白そうと思ったから」と返す。
こうして多機種に渡ってプレーするようになったことで何か恩恵があったか?と言われると、実はプレー面ではそんなに恩恵はなかったりする。強いて言うなら、太鼓とドラム、太鼓とDDRにそれぞれ共通項があるなって思うぐらい。
(あとはダガッキはドラム・太鼓、エボーとか。ポプは弐寺と…とか他にもあるけどそれはまた別の機会にでも。)

では、プレー面以外で、恩恵があったか?という点について。
この点においては、少なくとも自分は恩恵があったな、と言えると思う。

複数のゲームに触れるということは、1つのゲームに対する時間は必然的に減ることになる。当然、上達もその分だけ遅れる。「広く浅く」という状態になる訳なので、ただただ上達を目指すのならこれ以上馬鹿げた話もないと思う。自ら首を絞めているからだ。

しかし、そうした状態で得られるものが無い訳では無い。
やはりルールや媒体が違ってもそこは音楽ゲーム。何か1つ得意なゲームもしくはある程度プレイ回数を重ねたゲームがあると、他の音楽ゲームをプレイしても馴染むまでの手間をある程度軽減出来る。「ああ、このゲームだとこの部分はこう表現されているのか」「ここはあのゲームでいうあれだな」などなど。

もちろん、軽減とは書いたけれど手間を省いたり完全に無くしたり出来るわけではない。むしろ、誤解という害悪要素もある。
しかし例えるなら、始めて行く街の目的地へ行く時、街へ行く前に事前に道順や目印を調べた方が何も知らないよりは目的地へ着きやすくなるように、解釈の補助としては十分機能するだろう。

…みたいなことを書いてある記事を作ったのが2014/01/23。
いやぁ記事の下書きからずいぶん経ちすぎてもう何言いたかったのかわかんねえっす。でもこのままお蔵入りさせるのももったいないし、中途半端だけどとりあえずログ的な意味合いで公開しました。

文章は寝かせても腐るだけですね、ほんと。鮮度が大切。自戒。

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カテゴリー: 雑記・ログ, 音楽ゲーム パーマリンク

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